スマートホームを買おうと思って検討しました。
スマートホームというとなんといっても「おkグーグル」が一番有名です。
グーグル様が発売しているので、なんでも可能そうです。
正直グーグルも検討したのですが、鰤はアマプラに加入しているのでアマゾンのアレクサがよさそうです。
早速導入しました!

うおーかっこいい👊
ただ、なんかいろいろ設定が大変で、上手く行きません。
spotifyとの連携や、画像共有との連携、指定ニュース読み上げは上手く行きません。
全然スマートちゃうし。


エキサイテンィング&エンジョイ
スマートホームを買おうと思って検討しました。
スマートホームというとなんといっても「おkグーグル」が一番有名です。
グーグル様が発売しているので、なんでも可能そうです。
正直グーグルも検討したのですが、鰤はアマプラに加入しているのでアマゾンのアレクサがよさそうです。
早速導入しました!

うおーかっこいい👊
ただ、なんかいろいろ設定が大変で、上手く行きません。
spotifyとの連携や、画像共有との連携、指定ニュース読み上げは上手く行きません。
全然スマートちゃうし。

鰤は基本的にツイッター(x)が大好きです。
少し前にイーロンマスクがツイッター改革を行って内部コードが修正されたのですが、それまでは自分で開発もしていました。
しかし、内部コード修正でかハイツしたコードが全ておじゃんです。
全部イーロンが悪いです。
(翻訳)
「Twitterの責任者を辞めるべきか?この投票の結果に従います。」
「私がその仕事を引き受けるほど愚かな人間を見つけた瞬間、CEOを辞任します!その後は、ソフトウェアとサーバーチームだけを運営します。」
もうどうでもいいからさっさと辞めろって感じですね。

さて、そんなことを考えていたら、アカウントが停止されました。
ぴえーん
イーロンさん、ごめんなさい。謝るから許して―
アカウント凍結はこれまで何度か受けていますが、基本的にクレームを入れればすぐ解除されます。
しかし、今回のアカウント凍結はどうも少し異なるようです。「法的要請」(based on local law)とか書いてあるし
なんと調べたら、この表記は、司法当局の命令による表示制限らしいです。
日本の裁判所か警察かが何か手続きを取ったため制限する場合の処理らしいです。
やばい。日頃の行いが悪かったのかも。
こういう制限をする場合、イーロンがわざわざメールで原因を教えてくれるらしいです。
そのメールは迷惑メールに分類されていて、危うく削除しかけたのですが、どうやらサムネに問題があるということでした。
そこで、サムネ(ついでにトップ画像)を変更し、更に危なさそうな過去のポスト・ツイートをいくつか削除して、イーロンにクレームを入れたら、1週間で戻りましたとさ。
めでたしめでたし。

中村玉緒といえば、明石家さんまのスーパーからくりテレビに出演して、天然ボケ回答を乱発するなど、愛されキャラだった。
ウィキペディアを見ると中村玉緒さんの若いころの写真が貼られていますが、私が知っている中村さんはからくりテレビのイメージしかないです。
昭和14年(1939年)生まれ、享年86歳だそうです。
合掌

ガッツ石松というと、天然系お笑いタレントとして著名ですが、実はもともとプロボクサーでWBC世界ライト級の王座だそうです。というかプロボクサーが初めで、のちに天然系お笑いタレントになったというのが正確のようですが、天然系お笑いタレントというイメージしかないです。
OK牧場とは、そんなガッツ石松が使っていた何かよくわからないキーワードでした。
しかし、そのガッツ石松もソクラテスと同様、亡くなられた。
ありがとう、ガッツ石松。
ガッツ石松でも世界を目指せるなら俺も目指せるという勇気を与えてくれたよ。
これからも空の上から俺を応援してくれ。
またまた出かけてしまいました。
今回は徳島の旅です。
もともとは阿佐海岸鉄道のDMVに乗るというプランを立てたのですが、なんと5月28日以降、DMVが全面運休となりました。
しかし、予定自体は既に立てています。ということでBプランとして徳島を満喫するプランに変更です。


土曜日、朝、始発、羽田からJAL453で徳島入りです。
徳島は7年前に阿波踊りを踊って以来です。










さて、レンタカーを借りて、大塚国際美術館へ行きました。
正直、あまり興味がなかったのですが、すごいよ、という周りの声に圧倒されて訪れることにしました。
美術館を3時間ぐらいで、駆け足で回ります。
西洋の古代から現在にかけた美術品(再現)が展示されています。
ルネサンス時代までは宗教や神話を題材にしたものが中心でしたが、バロック時代からは人々の生活の場面などを題材にするなど、多種多様な絵画が増えました。
宗教絵画は日本人にはわかりづらいでしょう(サムソンとデリラってなんだっけ?)。美術館には丁寧にも解説者が何人かいて、その人と一緒に回ると絵画の詳しい話も聞かせてくれます。


次、鳴門の渦潮を見に行きました。しかし、大潮、小潮の時間付近に発生しやすいのですが、私が訪れた時はそうではなかったので、見れませんでした。がっかり。
その後、淡路島を巡りました。淡路島は30年ぶりぐらいでしょうか。
淡路島は、日本神話では、イザナギとイザナミがオノゴロ島を作り、その次に作った最初の島です。
その神社をお参りしました。

夜は、徳島に戻り、眉山(びざん)の夜景を堪能します。晴れていたら和歌山まで見れます。


夜は徳島ないとフィーバーを堪能し、ラーメンで締めます。
日曜日、朝、今日は和歌山入りする予定です。南海フェリーの和歌山・徳島航路が廃止になるので、その前に乗ろうという発想もあります。
その朝便(7時)に乗る予定だったのですが、定期検査で結構だそうです。
そこで午前便(10時)に変更しました。
時間が空いたので、鳴門駅まで行きます。鳴門駅には足湯があるのですが、なんと1月から閉まっていました。


他にやることがないので近くのうどん屋「たむらうどん」をいただきます。
これがなんと物凄くおいしい。
日曜日の朝9時なのに開いています。
表通りに面していないし、大々的に看板を立てているわけでもないのですが、超人気店でした。ここはおすすめです。
さて、再び徳島に戻り、フェリーで和歌山に戻ります。


和歌山について、本当であれば、和歌山城と和歌山の商店街(シャッター街的な?)を見学する予定だったのですが、フェリーが1本遅れたので、すべてキャンセルし、大阪に向かいます。
大阪で一杯やって東京に戻りましたとさ。
鰤はお祭りが好きなのですが、広島県庄原市で、4年に1度しか開催されないレアなお祭りが開催されると聞いて、ぜひ見学してみようということで行って参りました。

5月29日終電で、岡山入りします。広島のお祭りですが、岡山から攻めるのが良いです。
岡山は先日、西大寺の会陽(はだか祭り)で訪れました。3カ月ぶりぐらいです。
夜は、快活クラブで寝泊まりします。

30日、朝、今回はあっちこっち回る予定なので、レンタカーを利用する方針です。
岡山JEE晴れの国スタジアム近くのレンタカー屋さんで早速ライドオン。
まず最初に目指すのは総社市真壁の「やよい広場」です。ここ吉備路自転車道は道百選に選ばれています。


次は城百選の「鬼ノ城」へ行きます。
ん?鰤がイメージした「鬼の差上げ岩」がありません。おやって思ったのですが、鬼の差上げ岩はここから1キロぐらい先でした。
うおー、宇宙海賊の「魎呼」出てきそう!そうです。岡山は天地無用の聖地です。
「お祭りってのはちょいと待ってりゃ、また必ずやってくるんだぜ」




次は久米南町上籾の棚田、北庄の棚田、美咲町大垪和西の棚田、小山の棚田を回ります。
日本の原風景が並んでいます。


さて、さらに津山へ行きます。
これまで津山には何回か行ったことがあったのですが、津山城には一度も行けていません。
津山城は、残念ながら明治維新の際に天守閣を取り壊しました。その後、昭和初期に再築するのですが、第二次大戦当時、再度取り壊しました。
今では櫓が残っています。





ぐるっと津山を回り、次は真庭市の神庭の滝を目指します。が、残念。時間切れでした。
名水真夏の極上水はたどり着けました。
次、音風景「新庄宿の小川」を抜けて、かおり百選「毛無山ブナとカタクリの花」へ行きますが、既に深夜なので何がどこを巡ればよいかわからなかったのですが、とりあえず現地までは行きました。カタクリの花は山の上でしょうか。めっちゃ遠かったです。
このころになると既に深夜です。
近くの道の駅で一泊しました。
30日、来ました。お祭り本番です。
これまで岡山を回っていましたが、庄原市東城町は県境の広島側にあります。
お祭り会場は庄原市東城町塩原628の石神社です(パンフレットなどではわかりづらいです。)。当日は小奴可駅付近から無料シャトルバスが出るようですが、自動車で現地入りした方が良いでしょう(レンタカー推奨です)。

11時、オープニングセレモニーが始まります。国会議員、市議会議員などお偉方が開会宣言を行います。


12時、近くの塩原公民館で、今日のお祭りに参加する牛のセリ(競売)が行われます。
1番の牛は「ハナちゃん」体重500キロ、あと1か月で出産予定の妊婦さんでした。


間もなく田植えを行う踊り手が天狗やひょっとこに連れられて、田んぼに到着します。

そして、代掻きを行います。
田んぼで稲を植える前に田んぼをかき混ぜる作業です。
今ではトラクターで行いますが、かつては牛で耕していました。

そして、歌を歌いながら稲を植えます。
その際、五穀豊穣を祈り、これが伝統行事となります。広島県の北部ではほかにも壬生の花田植等同様のお祭りが開催されます。
塩原の大山供養田植は、4年に1度開催されるのですが、前回は頃中で神事のみが開催されたので、実質的には8年ぶりの開催でした。
15時ごろ、無事お祭りが終わったところで、帰路に向かいます。


帰路ですが、高梁市の「諏訪洞・備中川のせせらぎと水車」へ向かいます。
備中高梁城にも向かいましたが、閉城2分後だったので入れませんでした。道百選「紺屋川を挟む道」はいけました。
こうして岡山漫遊の旅は終わったのでした。
鰤はお祭り好きなので、またお祭りに参加しました。
さて、今回参加したのは大垣まつりです。
大垣といえば、ムーンライトながらの大垣ダッシュしかイメージがないのですが、今回はその大垣を堪能するというプランです。
大垣まつりは、重要無形民俗文化財、ユネスコ世界無形遺産に選ばれているお祭りで、市内を山車が巡行するというものです。
大垣に就いた時、既に巡行中だったので山車を探しに行きます。
気の利いたことに大垣市は「山車リアルタイム位置情報配信ページ」を用意していて、各山車が、今どこにいるのかを公表してくれています。




私が見たときは奥の細道結びの地、住吉燈台付近でした。一番風光明媚な場所です。

さて、お祭りのクライマックスは夜ですが、それまでしばらく時間があるので、美濃赤坂へ行きます。美濃赤坂は大垣へ行ったら欠かすことができない重要ポイントです。


美濃赤坂に西濃鉄道という貨物鉄道があるのですが、ほとんどノーマークで、詳しくは知りません。次回までに勉強しておきます。
あと、美濃赤坂駅の少し北に中山道の赤坂宿があるようです。これも見に行きたかったのですが、時間がなくていけませんでした。



さて、美濃赤坂を堪能したところで、再び大垣に戻り、お祭りの主催者大垣八幡神社にお参りに参ります。これまで大垣城には何回か行ったことがあったのですが、大垣八幡神社は初めてです。
お祭り開催中なので活気にあふれています。



さて、時間もそろそろころ合いになってきました。
お祭りのメインイベントは、大垣八幡神社前です。山車にはからくり人形が載せられていて、山車をくるくる回転させながら、演技してくれます。
何か所かポイントがあるのですが、神社前が一番良いでしょう。









各山車が順番に神社に挨拶してから、くるくる回りつつ、人形が演技します。
ダイナミックに回っているため、人形の動きは正直分かりませんでしたが、この辺りがハイライトです。
お祭りを堪能した後、その日は大阪に向かいました。
別にどうでもいいけど、珈琲館 大阪本店が24時間営業ではなくなっていました。
その近くのマクドナルドに期待するしかありません。
ついでなら別モデルも試してみましょう。ということで、llama3.1:8bを入れてみました。
題材は、石川五右衛門です。石川五右衛門について質疑応答してみました。
web検索は制限しています
鰤「石川五右衛門という人物がいました。どういう人物か、教えてください。」
llama3.1:8b「
石川五右衛門は、明治時代に活躍した日本の俳優です。彼は初期の日本映画界で活躍し、「大名」、「白浪五人男」などの映画に出演しました。また、彼は「無名戦士たち」という映画で、日本における映画産業の草分けとしての役割を果たしました。この映画は、第一次世界大戦中のフランスのフランス軍がイギリス軍と協力してドイツ軍に勝ったという歴史的事実を描いています。
石川五右衛門は日本映画界で初めて、俳優としての存在感を示した人物です。彼は独特な劇的な演技スタイルとともに、日本映画の黄金期への道筋をつくりました。
」
鰤「ん?安土桃山時代に死罪になりませんでしたか?」
llama3.1:8b「
石川五右衛門は、実在の人物として有名なのは、「阿波国」の一揆「天正の役」と関係があります。彼は安土桃山時代(1573-1598年)の人物であり、天正10年(1582年)に徳川家康と戦った際、敗れて死罪になりました。
石川五右衛門という名前や存在については、明治時代の俳優が彼をモデルとして活動したとの説もあります。俳優による再現または想像された物語として「石川五右衛門」という人物が世に広まり、その名は映画などにも使われています。
実際の歴史的人物である石川五右衛門について、もっと詳細な情報を知りたい場合は、お聞きください。
」
鰤「徳川家康ではないでしょう。」
llama3.1:8b「
石川五右衛門が天正10年(1582年)の阿波国一揆「天正の役」に参加し、敗れて死罪となったのは、後西軍と呼ばれる毛利氏や長宗我部氏などの陣営ではなく、三好家の勢力に関係があるため、三木合戦を起こした三好義継のものではなかったかと思いますが、しかし「石川五右衛門」は三好義継の重臣・石川三左衛門の子という説もあります。
そして、彼は織田信長に抵抗し、豊臣秀吉と争った毛利輝元率いる後西軍の間で、三木合戦を起こした毛利氏の指揮官の一人でした。
」
鰤「豊臣秀吉の時代の大泥棒で、かまゆでの刑になりませんでしたか?」
llama3.1:8b「
その通りです!石川五右衛門という人物が実在したのは明治時代にはありません。
豊臣秀吉の時代に活動したという説があります。彼は大名や豪商などを狙っての泥棒行為を行い、かまくち(かまぐち)での刑となるような重大な犯罪者とされています。実在の人物として知られており、彼の伝説的な存在も「五右衛門流し」などの話題に残ります。
石川五右衛門という名前は、日本の伝説や映画、文学などに登場する俳優やキャラクターとしても使われていますが、その実在を確かめるには、これらの歴史的資料や文献を調べる必要があります。
」
鰤「先程白波五人男の話題が上がりましたが、これはなにですか?」
llama3.1:8b「
「白浪五人男」は、日本映画の名作であり、1937年(昭和12年)に公開された大相撲をモチーフとした戦前の日本映画です。監督は正塚平助で、主演の石川五右衛門が活躍しています。
この作品は、実際には「白浪五人男」という劇本が存在しており、その劇本に基づいて1937年に映画化されました。しかし映画版では、これまでに続いた戦前期の日本映画の中でも最初の「白浪五人男」が作られました。
映画「白浪五人男」は、特に初期の日本映画の黄金期、または日本映画の代表的作品として広く認識されています。
」
鰤「江戸時代の河竹黙阿弥の作品では?それが名作だったため、映画にもなったかもしれません。そこでいう5人は誰ですか?」
llama3.1:8b「
江戸時代の中流から下町の人々を描いた劇本「白浪五人男」は、河童座(または松竹座)のために演じられた劇であり、この作品には、大工・大黒屋助次郎と呼ばれる「五人男」のうちの1人のほか、「阿波国・吉宗」、「大和國・松若」、「越後国・弥平次」、「播州國・小太郎」、「遠江国・権太」の5人が登場します。
この作品は、江戸時代を舞台にした劇で、日本演劇の歴史上重要なものです。
」
鰤「石川五右衛門は含まれないのですか?」
llama3.1:8b「
「白浪五人男」には、実際には5人の大名が登場します。そのうちの1人は、大工ではなく大黒屋助次郎と呼ばれる石川五右衛門です。
石川五右衛門は、その他の4つの国から来た4人の大名との戦いの中で活躍することで、この作品を動機付ける重要なキャラクターとして登場します。
」
鰤「石川五右衛門をモデルにした日本駄右衛門が登場しますよね?」
llama3.1:8b「
「白浪五人男」の映画版には、明治時代の俳優・石川五右衛門をモデルとして登場するキャラクターがいます。実際には、俳優が自らの名を冠した役を演じたという点では、それはそれで有名でもあります。
また、「白浪五人男」の映画版は戦後の1941年から1943年に公開された、いくつかの作品の総称です。その中の1つの作品、「白浪五人男」(1941年)には、俳優石川五右衛門が大黒屋助次郎を演じました。
」
鰤「稲瀬川勢揃いの場は有名ですよね?日本駄右衛門(石川五右衛門)のセリフを教えてください。」
llama3.1:8b
「白浪五人男」の映画では、劇中のシーンとして大名や武士などが集まる「稲瀬川勢揃いの場」があります。そして、この場面で日本駄右衛門(石川五右衛門)が「無用河原にしろともいえど」という有名な台詞を言います。
鰤「それはさておき、石川五右衛門は南禅寺というお寺に行ったのですか?」
llama3.1:8b「
その通りです!石川五右衛門が実際に南禅寺に赴いて、僧侶たちから懺悔・戒律の布教を受け、その後も彼が一向宗(浄土真宗)の信者として生きていくという説があります。
」
鰤「さぞ素晴らしい景色だったのではないですか?」
llama3.1:8b「
南禅寺は京都市左京区に位置し、山本長谷道灌が創建したと伝えられている寺院です。境内には、多くの仏像や彫刻が置かれており、その中でも有名なのは「聖観音菩薩」と呼ばれる大観音 statue です。
」
鰤「石川五右衛門は大泥棒だったにもかかわらず、それ以降、歌舞伎の題材になるなどしており、現代日本人の大半がその名前を知っています。愛されているのでしょう。なぜでしょうか。」
llama3.1:8b「
実際に、石川五右衛門という名は、日本の人々にとっては有名人であり、歴史的重要性と伝説的な魅力によって広く認識されています。
彼が大泥棒として活動していたにもかかわらず、彼の名前や物語は日本人の心を掻き立てることなく、その反対に愛されている理由には、いくつかの考えがあります。
戯曲「白浪五人男」などの演劇や映画、文学などで、彼が活躍する物語は、日本の民俗文化や歴史的背景を通じて多くの人の心に深く残りました。
彼の魅力的なキャラクター性は、現代日本の人々にとっても引きつかれやすいものとなっています。
昔から、日本には「悪人でも美しいと見える」という特徴があります。
これらの要因により、彼の名前や物語は広く認識されており、愛されているといえます。
」
文法的に日本語であることは認めますが、中身はないですね。非常に厳しいです。
chatGPTと対比するレベルに達していないでしょう。
アマゾンプライムは、古い映画が見放題です。
これを堪能しないわけはありません。
次は、シェーンです。
鰤は、これまで3回ぐらいしか見たことがありません。非常に有名な映画なので頻繁にオマージュ(ぱくり)がなされており、見たことがない人でもあらすじは知っている人が多いはずです。

アメリカ南北戦争が終わったころの西部開拓時代、ワイオミング州の開拓者が舞台です。広大な土地で、ある開拓者家族ジョー・マリアン・ジョーイが土地を耕し、家畜を育てようとしています。
しかし、地元の乱暴者ライカー一家が開拓者を追い出し、地域を支配しようとしています。
開拓者も団結して、それに対抗しようとするのですが、ライカーらの嫌がらせはどんどん強くなっていきます。本来それを取り締まればよいのですが、保安官は100km以上離れたところにおり、到底取り締まれません。
開拓者らは畑を荒らされ、家を焼かれ、その関係はどんどん悪化していきます。ライカー一家は更なる切り札としてガンマン・ウィルスンを雇い、事故に見せかけて殺そうとします。

さて、開拓者ジョーのもとに、主人公シェーンが流れ着きました。
シェーンは多くを語らなかったが、開拓者の生活になじみ、汗を流す日々を送っていました。
シェーンは銃に敏感で、何やら過去がありそうです。

シェーンは、開拓者らとライカー一家の対立には関係を持たなかったのですが、ライカー一家は無関係のシェーンにも絡みケンカを吹っ掛けてきます。

そんなある日、ライカー一家の嫌がらせに耐えかねたある開拓者がライカー一家の雇ったガンマン・ウィルスンと早打ち対決になり、撃ち殺されてしまいます。
開拓者ジョーは、それに対して、ライカー一家と対決することとするのですが、凄腕ガンマン・ウィルスンにはかなわないでしょう。シェーンにはそれが分かっていました。
そこで、シェーンはウィルスンに対決しに行く開拓者ジョーを殴って制止し、自分一人で対決しに行きました。
町の酒場にたむろするライカー一家のもとに、一人で現れたシェーンは、ライカーとガンマン・ウィルスンを早打ちで撃ち殺し、さらに2階に隠れていた部下まで撃ち殺し、町から乱暴者を一掃することに成功しました。

その一部始終を見ていたジョーイは、ジョーにシェーンの勝利を伝えます。しかしシェーンは元には戻れない、そう判断して、馬に乗り、ゆっくりと町を去って行きます。
シェーンもガンマンで、もしかすると指名手配だったかもしれない。しかし、たとえそうであったとしてもシェーンの早撃ちは町を救ったのです。開拓者はシェーンを必要としていました。ジョーイは町を去ろうとするシェーンに呼びかけます。
しかし、シェーンは決して振り返らず、そのままゆっくりと馬で去っていく。
広大な大地とその奥にそびえるグランドティートン山が美しく、そこにシェーンの声がこだまする。「シェーン!カムバーック」
私がこの映画を初めて知ったのは、奇妙な話ですが、アメリカ横断ウルトラクイズでした。
第14回の第6チェックポイントがグランドテートンで、映画シェーンの撮影の裏話を紹介しいていました。
開拓者がガンマン・ウィルスンに撃ち殺されるとき、開拓者は打たれた衝撃で後ろに吹っ飛ばされるが、実は腰にロープがつけられていて、後ろからロープを思いっきり引っ張ってその演出をした。
開拓者ジョーが対決に行こうとするのをシェーンが殴って制止しようとしてもみ合い、周りの馬がそれに驚いて右往左往したり悲鳴を上げたりしていたが、実はカメラに写っていない場所で、スタッフが熊のぬいぐるみを着て、馬に襲い掛かろうとし、馬はそれに驚いていた。
シェーンがジョーイに銃の扱い方を実演し、ジョーイがそれに驚いた表情をするが、実はリハーサルの際は偽物の銃を用いていて、本番では本物の銃を用いて、ジョーイがそれに驚いた。
映画シェーンの監督ジョージ・スティーヴンスはアイデアマンで、次々に新しいアイデアで映画を成功させたらしい。
私がウルトラクイズを見たのはずいぶん前ですが、その時の思い出は今でもまだ鮮明です。
シェーンの映画を見たのは久しぶりでしたが、今回見返してみると、ライカー一家は、「我々が、インデアンと争って土地を放牧地とした。それをその苦労を知らず、後からやってきた開拓者が放牧地を自分の地とだといって占有している。」と言っていることに気づきました。
子どものころに見た単純なストーリーではなかったのかもしれない。ある種の社会問題が背景にあったようだ(ホームステッド法)。
そうだ、日立へ行こう!ということで行ってきました。
日立ってJR常磐線で行くのですが、あまり乗らないので楽しみです。
というか、日立に行くのはこれが初めてです。敢えて言えば「大学生のころ駅のホームに降りた。駅のホームから日立のビルを見た」ぐらいです。
今回、日立に来たのは日立風流物というお祭りを見るためです。

日立風流物(ひたちふうりゅうもの)は神峰神社のお祭りで、山車上でからくり人形が演技するというものです。あたりの4地区がそれぞれ山車をもっています。
ただ、交代で山車が使われるのですが、7年に1度、その4つの山車が勢ぞろいします。今年はその7年目です。これは行かなきゃソンソンでしょう。
重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産にも選ばれています。

特急ひたち3号で1時間50分ぐらいでした。天候は晴天!
日立駅は、海から近く、駅から海を眺める景色がきれいでした。
駅からお祭り会場(神社の近くの通り)までお祭り専用無料シャトルバスが出ているのですが、せっかくなので歩いていきました。

さて、お祭り会場に就くと、4台の山車が並んで、人だかりができています。
山車のからくり人形の演技は、順番に数回行われるので、すべてを楽しめます。
演目は日本神話や平家物語、戦国時代、忠臣蔵等を題材としています。

一通り見ると、お祭りの主催者、神峰神社にお参りに行きます。
お祭り会場から北へ50メートルぐらいのところにあります。
ちょっと気になっていたのが、お祭り会場から山の上に観覧車が見えるのですが、どうやら神社の山の上にかみね公園があり、さらに遊園地、動物園もあるようです。今回は公園までは回る時間はありませんでしたが、気になるポイントではありました。
お昼を過ぎるとおなかが空いてきました。お祭りの屋台で焼きそばをいただきましたが、それだけでは足りません。
お祭り会場付近では飲食店はないか、あっても休日閉店しています。
仕方ないのでコンビニに向かうのですが、5分ぐらい離れています。あらかじめお弁当を用意した方が良いでしょう。

午後も演目を楽しみます。
そもそも日立風流物は300年前、水戸黄門が山車を出すようにと指示したことから始まったらしいです。京都出身の私からすれば、歴史があるとは言えませんね!。
山車を使うお祭りは、日本全国にいっぱいあり、それらはユネスコの世界文化遺産に選ばれているのですが、日立風流物の特徴は、人形、その人形がリバーシブル的になっているところです。詳しいことはwikipediaをみてください!

お祭りは午後3時ぐらいに終わりました。
ここからは帰路です。
せっかく日立に来たので日立ラーメン(というのがあるのかわかりませんが)を食べようかと思いましたが、ラーメン屋さんはほとんど閉まっていました。がくー
日立から東京へ特急ひたち24号で帰りました。指定席は取れなかったのですが、空いている席を座れます方式だったので、座りました(それでも満員でした。)。