
山本直樹氏のマンガ「レッド」を読みました。
この漫画は、学生運動、とりわけ連合赤軍、あさま山荘事件を題材にした異例の漫画です。
とはいうものの学生運動をしたことがないし、火炎瓶も投げたことがないので、時代背景から学ぶ必要があります。
1965年
ベトナム戦争が本格化し、ベ平連結成
1967年
10月、第一次羽田事件(山崎氏死亡)
11月、第二次羽田事件
1968年
1月、佐世保エンタープライズ寄港反対闘争
6月、明治大学値上げ反対占拠、日大使途不明金闘争、東大安田講堂占拠開始、九州大学米軍機墜落・井上教授不承認
10月、国際反戦デー・新宿騒乱事件、(永山事件)
(12月、3億円強奪事件)
1969年
1月、東大安田講堂攻防戦
5月、三島由紀夫東大演説
8月、大学臨時措置法成立、全国大学機動隊突入開始
9月、大阪戦争、東京戦争
10月、警視庁機動隊庁舎ピース缶爆弾未遂事件
11月、アメリカ文化センターピース缶爆弾事件、米軍・領事館ダイナマイト設置事件、大菩薩峠事件
12月、川島氏逮捕
1970年
3月、よど号ハイジャック事件
8月、朝霞自衛官殺害事件、東京教育大学生リンチ殺人事件
11月、三島由紀夫自殺
12月、上赤塚交番襲撃事件(柴野氏死亡)
1971年
2月、真岡銃砲店襲撃、M作戦開始、三里塚闘争(第一次行政代執行)
5月、山岳ベースの生活開始
6月、沖縄返還協定反対運動
8月、印旛沼事件
9月、三里塚闘争(第二次行政代執行・東峰十字路事件)
10月、日石本館地下郵便局爆破事件
11月、渋谷暴動事件
12月、土田邸小包爆弾事件、赤軍派・革命左派合併、山岳ベース事件
1972年
2月、あさま山荘事件
いやー、てんこ盛りですね。それぞれが物凄い事件なのですが、それがこれほど連続して発生するとか、今では信じられないですね。
当時は全国に左翼学生派閥が多数存在したのですが、赤軍派と革命左派は、特に活発な活動をしていました。
一方、赤軍派はエリート学生による理論派集団でしたが、大菩薩峠事件で大量検挙され、よど号ハイジャック事件で幹部が出国し、残った者も銀行強盗を繰り返していました。
他方、革命左派は銃砲店襲撃、交番襲撃などを行っていました。赤軍派の銃は革命左派が貸与したものでした。
当然、警察もマークしており、相当のメンバーが指名手配されり、逮捕されたりしていました。
アジトを転々としていたのですが、警察の捜査から逃れるため、やがて山に入ります。
赤軍派らは山小屋で生活しつつ、交番をマークして、警察官から銃を奪う計画を練り、またすでに奪った銃を活用するための射撃練習をしたり、ダイナマイトから爆弾を製造したりしていました。
前段階武装蜂起論(社会を混乱させればそれが起爆剤になり、革命が発生する)により本当に革命活動だと信じていたようです。それが共産主義革命につながるということのようです。
その革命を遂行するための戦士としての訓練を山で行っていました。
その時、彼らが真の革命戦士になるための精神論が先行します。
いわゆる甘えを断ち切るための「自己批判」「総括」が行われます。
共産主義化の手段であり正しい行動でなので、みんなで協力して行います。
もともと前段階蜂起説は意味が分かりません。総括も意味が分かりません。
しかし、共産主義革命という正義の理論とともにその集団心理が行動を先鋭化させていきました。
連合赤軍のメンバーがそれぞれ些細なミス(それはミスと呼べない程度のものが大半だが)を犯し、それに対しての反省を求める趣旨で総括を行う。集団で総括が行われる。
連合赤軍は森恒夫氏(赤軍派)がリーダー、永田洋子(革命左派)がサブリーダー。
森氏は圧倒的な権限を有していた。とりわけ非常に饒舌だった。
レッドにもそのことが良く描写されてる。
よくわからない抽象的な理論を永遠と口頭で話続け、他を圧倒する。それが暴走し、集団心理も相まって、「総括」に至る。
この漫画は、1968年ごろの革命左派初期から1971年年末の総括開始までの間を描いています。
クライマックスのあさま山荘事件そのものはここに書かれていません(続編に描かれているようです)。
後登場人物が多くて、正直誰が誰かわかりづらいです。
何人か、組織からの離脱者がいます。彼らはむしろゲームの勝利者だ。カルトには関わらない方が良い。
交番を襲撃して警察官から拳銃を奪うための監視任務など特殊理論が多用されていて、結構理解が難しいです。

この漫画は過激派側にスポットを当てて描かれていますが、警察側からは佐々淳行氏の「連合赤軍「あさま山荘」事件」がわかりやすかったです。別途読みましょう。

