中古ダイナブック売却失敗

3月にジャンクモニターを3000円で購入するという大勝利を収めたことをいいことに、
今度は、使っていないノーパソダイナブックを売り払おうというプランを立てた。
しかし、パソコンを売るということをしたことがないので、どうしたものか。
ネットで調べたら、パソコン工房が良さげです。

ということでレッツパソコン工房!

いざ着いたのですが、本当に売れるのか心配だったので、店の周りをぐるぐる2周ぐらいして、気持ちを高めます。

3周目に差し掛かった時、いくら回っても売却できないと知り、勇気を振り絞って声をかけます。

待つこと2分
「あー、正規の電源アダプターがありませんねー。その場合、起動確認ができないんっすよ。とするとジャンク扱いですねー」

今回は売却をあきらめてまた来ます。
(というかハードオフとかで1000円ぐらいで売れないかな?)

有東木の盆踊!

お盆シーズンです。
全国的にお祭りが開催されます。
今回は静岡を攻めます。
このシーズン、有東木の盆踊(14日)と徳山の盆踊(15日)が開催されます。
これを一気に体験してしまおうというプランです。

8月14日
仕事を切り上げて新幹線で静岡入り、そのままレンタカーを借ります。
静岡駅から車で約1時間かけて有東木の盆踊の会場へ移動します。

ところが現地で、人が誰もいません。
現地で急遽調べたのですが、有東木の盆踊は2日間開催のところ、今年は1日開催(8月15日のみ)に変更のようです。
がっでむーーー
せっかく来たのに。

悪いのは全て静岡市観光協会だということにして、気持ちを切り替えます。
静岡駅から有東木への途中で郷島煙火大会が開催さていることに気づいた(というか通過した)ので引き返して郷島煙火大会を堪能します。
駐車場探しに苦労しましたが、少し離れた「安倍ごころ」という施設に止めて、無料バスに乗ります。

それが終わると宿がないので、ファミレスで時間をつぶして車上泊します。

15日
本当は徳山の盆踊を見る予定だったのですが、前日、有東木の盆踊を見逃したので、今日、有東木の盆踊を見ることにします。
とはいえ、盆踊りは夜なので、しばらく静岡でぶらぶらします。

マクドナルド沓谷店は、とてもきれいでした。
今から思えばですが、静岡の山の方には、日本の滝100選安倍の大滝があります。また藤代奥の吊橋というB旧観光スポットがあるのですが、そちらへ行けばよかったと思います。

さて、夜になったので、有東木に向かいます。
私は既に、事前調査目的で現地に来たので状況はわかっています。
辺りには、ワサビの里(茶畑もあります)で、駐車場はありません。
しかし、あたりは山間の集落で路駐で良いでしょう。
既に、太鼓がどんどんどんと鳴らされて、祭り開催が予告されています。

踊りは、男踊りと女踊りがあり、それぞれ踊ります。
男子女子一緒に踊るものもあります。

最後、祭り会場の東雲寺から集落中心へ少し移動し、そこで祭りに使った道具を燃やし、祖先へ送り出し、あいさつをします。

後半、小雨が降って来てきましたが、最後まで開催されました。

祭りが終わったのが11時頃なので、そこからまた街に戻ります。
ファミレスで時間をつぶしますが、その後、再び車中泊です。
体力的にかなり厳しいです。

16日
静岡市内を昼間に来るのは久しぶりなので、静岡城(駿府城公園)へ行きます。
徳川家康が作った城ですが、天守閣自体は1635年の火事で無くなっています。
公園を散歩して帰りました。

山間のお盆祭りの参加は「綾渡の夜念仏と盆踊」以来です。
私の実家、京都ではこういうお祭りはなく、新鮮でした。
同時期に開催されているはずの徳山の盆踊はまたの機会にします。
(大井川鉄道早く復活してくれ)

鰤鯖7台目復活

Server rack drawer with seven labeled hard drives and cooling fan inside a data center
Server rack drawer with seven labeled hard drives and cooling fan inside a data center

私のパソコン環境は自宅にlinuxサーバを設置してサーバ化しているというものです。
7台目は4月頃、増設したのですが、調子が悪くて5月にシャットダウンさせていました。
復旧せねばと思いながらもなかなか急がしくて手が出なかったのですが、この土日で一気に片づけました。

原因は接続していたhddのうち1台がboisに認識されないというものでした。ケーブルなどを変えてもダメだったのでお亡くなりになられた可能性があります(購入時期からして一番新しいので不自然だけど)。

とりあえず、それを外して再インスコ。ついでに余っていたhddも増設搭載しました。

これで復活です。推定死亡HDDはまた別の機会で、別の機体で試し、それでもだめなら破棄ですね。

「レッド」を読む

山本直樹氏のマンガ「レッド」を読みました。
この漫画は、学生運動、とりわけ連合赤軍、あさま山荘事件を題材にした異例の漫画です。
とはいうものの私は全学連期待の新星と一部呼ばれていましたが(呼ばれたことがないことは証明されていません)、学生運動をしたことがないので、時代背景から学ぶ必要があります。

1965年
ベトナム戦争が本格化し、ベ平連結成
1967年
10月、第一次羽田事件(山崎氏死亡)
11月、第二次羽田事件
1968年
1月、佐世保エンタープライズ寄港反対闘争
(2月、金嬉老事件)
6月、明治大学値上げ反対占拠、日大使途不明金闘争、東大安田講堂占拠開始、九州大学米軍機墜落・井上教授不承認
10月、国際反戦デー・新宿騒乱事件、(永山事件)
(12月、3億円強奪事件)
1969年
1月、東大安田講堂攻防戦
5月、三島由紀夫東大演説
8月、大学臨時措置法成立、全国大学機動隊突入開始
9月、大阪戦争、東京戦争
10月、警視庁機動隊庁舎ピース缶爆弾未遂事件
11月、アメリカ文化センターピース缶爆弾事件、米軍・領事館ダイナマイト設置事件、大菩薩峠事件
12月、川島氏逮捕
1970年
3月、よど号ハイジャック事件
(5月、プリンス号シージャック事件)
7月、七・七集会華青闘告発
8月、朝霞自衛官殺害事件、東京教育大学生リンチ殺人事件
11月、三島由紀夫自殺
12月、上赤塚交番襲撃事件(柴野氏死亡)
1971年
2月、真岡銃砲店襲撃、M作戦開始、三里塚闘争(第一次行政代執行)
5月、山岳ベースの生活開始
6月、沖縄返還協定反対運動
8月、印旛沼事件
9月、三里塚闘争(第二次行政代執行・東峰十字路事件)
10月、日石本館地下郵便局爆破事件
11月、渋谷暴動事件
12月、土田邸小包爆弾事件、赤軍派・革命左派合併、山岳ベース事件
1972年
2月、あさま山荘事件

いやー、てんこ盛りですね。それぞれが物凄い事件なのですが、それがこれほど連続して発生するとか、今では信じられないですね。

当時は全国に左翼学生派閥が多数存在したのですが、赤軍派と革命左派は、特に活発な活動をしていました。
一方、赤軍派はエリート学生による理論派集団でしたが、大菩薩峠事件で大量検挙され、よど号ハイジャック事件で幹部が出国し、残った者も銀行強盗を繰り返していました。
他方、革命左派は銃砲店襲撃、交番襲撃などを行っていました。赤軍派の銃は革命左派が貸与したものでした。

当然、警察もマークしており、相当のメンバーが指名手配されり、逮捕されたりしていました。
アジトを転々としていたのですが、警察の捜査から逃れるため、やがて山に入ります。
赤軍派らは山小屋で生活しつつ、交番をマークして、警察官から銃を奪う計画を練り、またすでに奪った銃を活用するための射撃練習をしたり、ダイナマイトから爆弾を製造したりしていました。
なぜこのようなことをしたかと言えば、前段階武装蜂起論(社会を混乱させればそれが起爆剤になり、革命が発生するという理論)により本当に革命活動だと信じていたからです。

彼らはその革命を遂行するための戦士としての訓練を山で行っていました。
その際、彼らが真の革命戦士になるための精神論が先行してしまいます。
いわゆる甘えを断ち切るための「自己批判」「総括」が行われます。共産主義化の手段であり正しい行動でなので、みんなで協力して行います。
メンバーがそれぞれ些細なミス(それはミスと呼べない程度のものが大半だが)を犯し、それに対しての反省を求める趣旨で集団で総括が行われていました。

連合赤軍は森恒夫氏(赤軍派)がリーダー、永田洋子氏(革命左派)がサブリーダーでした。
森氏は圧倒的な権限を有していて、とりわけ非常に饒舌でした。
レッドにもそのことが良く描写されています。
よくわからない抽象的な理論を永遠と口頭で話続け、他を圧倒する。それが暴走し、集団心理も相まって、「総括」に至ったのでしょう。
(たしかに人間の20代のころの記憶力、脳の活動は活発ですよね。私も教科書を映像で覚えて、頭の中でペラペラと開いていた記憶があります。)

しかし、もともと一般的には前段階武装蜂起論は意味が分かりませんし、総括も意味が分かりません。
にもかかわらず、彼らは共産主義革命という正義の理論とともにその集団心理が行動を先鋭化させていきました。

この漫画は、1968年ごろの革命左派初期から1971年年末の総括開始までの間を描いています。
クライマックスのあさま山荘事件そのものはここに書かれていません(続編に描かれているようです)。
後登場人物が多くて、正直誰が誰かわかりづらいです。
何人か、組織からの離脱者がいます。彼らはむしろゲームの勝利者だ。カルト的な連中には関わらない方が良いと思いました。

この漫画は過激派側にスポットを当てて描かれていますが、警察側からは佐々淳行氏の「連合赤軍「あさま山荘」事件」がわかりやすかったです。別途読みましょう。

闘争には被害者がいます。
樺美智子氏、山崎氏、柴野氏、向山氏、早岐氏その他多くの人が亡くなりました。
警察当局側にはさらに多くの人が亡くなっています。
果たしてその名を把握している人はどれだけいるでしょうか。その命の灯、その人生の営みは現代にも生き続けているのでしょうか。

泣き虫先生山口良治亡くなる

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1723149

ドラマスクールウォーズのモデルになった先生だ。
ラグビー日本代表選手が、高校教師になり、不良高校を立て直して、数年で高校ラグビーで優勝に導いたという伝説の教師。

しばらく体調がすぐれないとは聞いていました。

最近伏見工業高校・工学院は京都成章に押され気味で、寂しい限りです。
そんななか、伏見の伝統を支える大先生が亡くなられたのは、残念です。

映画マンダロリアン!

スターウォーズシリーズのスピンオフ、マンダロリアンを見に行くことにしました。
スターウォーズは、第4話から第6話、第1話から第3話は見ましたが、第7話から第9話は見れていません。
そちらが先かなという気もするのですが、マンダロリアンを見て損はないでしょう。

マンダロリアンといえば、第5話帝国の逆襲でボバ・フェットがルークやハンソロが逃亡する際に尾行して、雲の惑星でハンソロを帝国ダースベーダーに逮捕させ、最後はジャバザハットに引き渡したことや第6話ジェダイの帰還でジャバザハットとルークらが対決する際、砂漠のアリジゴクに食べられたりするシーンが有名です。

ボバ・フェットの父親ジャンゴ・フェットは、帝国と提携して、自分のクローンをつくらせて、クローントルーパーにさせたという話もあるようです。

それらの元は、マンダロアという惑星に住む人々で、賞金稼ぎを稼業とする人々という設定です。

今回の映画は第6話と第7話の間あたりの時代です。
帝国がまだ残っており、その残党を狩るために、同盟軍に雇われたマンダロリアンがジャバザハットの従妹をジャバの後継者ジャバ兄弟に引き渡して、帝国の残党幹部をとらえるというストーリーですが、ジャバ兄弟がマンダロリアンを捕まえて瀕死の重体を負うが、マンダロリアンはそのパートナーグローグーの協力で難を逃れ、ジャバ組織を壊滅するというものです。

感想としては、マンダロリアンがとてつもなく強くてかっこいいです。しかし、おっさんです。
マンダロリアンが救おうとしているジャバ従妹は、所詮ブクブクのナメクジです。ヒロインは女子高生ぐらいが良いです。
グローグーはしゃべれません。
同盟軍の人物が多数登場したが人間型が多く登場して、宇宙っぽくなかった。

今回初めて深夜映画レイトショーというのを経験しました。25時45分から映画が始まりました。ちょっと眠かったです。

次はスピンオフ作品、ハンソロを見に行きたいです。